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コラム

鼻咽腔閉鎖不全治療その1 装置を用いた保存的治療

口蓋は前方の骨性部分(硬口蓋)と後方の筋肉部分(軟口蓋)に分類されます。
食べたり話したりする時は、後方の軟口蓋(なんこうがい)の筋肉が持ち上がり、鼻から飲食物や空気が漏れないようにします。この機能を鼻咽腔閉鎖機能(びいんくうへいさきのう)といいます。

軟口蓋の長さは足りているが筋肉が持ち上がらないタイプ 軟口蓋の動きは良好だが短くて後に届かないタイプ
軟口蓋の長さがしっかりあり動きも良好だが後ろの壁までの距離が遠すぎて届かないタイプ
(深咽頭といいます)

鼻咽腔閉鎖機能に問題がある場合には、基本的には上記の様なパターンにわかれます。
 

いずれの場合も構音時に鼻側に空気が抜けてしまいます。鼻に空気が抜けると鼻に声がかかったような声(開鼻声:かいびせい)や、のどを詰めたような発音などになる場合があります。このような発音を異常構音といいます。特に開鼻声が甚だしい場合は正常な構音操作ができなくなり、子音の弱音化など様々な不都合が生じます。この異常構音や未熟な構音を構音訓練にて治療するときにはまず開鼻声の状況を改善させる必要があります。そのために必要な装置が、以下の写真のような軟口蓋挙上装置・スピーチエイドです。
 

軟口蓋挙上装置
【軟口蓋の筋肉が持ち上がらないとき】
  
スピーチエイド
【長さが不足しているとき】

 

一般的に上段のような軟口蓋を持ち上がる装置を軟口蓋挙上装置、もしくはPLP(palate lifting prosthesis)と呼びます。また下段のようにバルブ状のものを入れ込んで隙間を閉じる装置をスピーチエイドと呼んでいます。ただ軟口蓋挙上装置も広い意味でのスピーチエイドではあるのですがここでは下段のタイプのみをスピーチエイドと呼ばせていただきます。
 

【装置装着後】
スピーチエイド装着後    スピーチエイド装着後

 

軟口蓋挙上装置・スピーチエイドは、軟口蓋の筋肉に働きかけて、喉の奥に接する訓練と、もともと軟口蓋の組織が不足している部分を補う働きがあります。特に軟口蓋挙上装置が有効的に働くためには、口蓋垂(いわゆるのどちんこ)近くののどの奥まで十分な長さが必要であり、また軟口蓋を上方へ持ち上げる拳上量の調整が大変重要となります。十分な長さ・適切な幅・拳上量が不足・調整がうまくいっていない装置を使用すると逆効果となります。調製には、軟口蓋の動きの観察や、鼻咽腔ファイバー・軟口蓋側方頭部エックス線規格写真の結果をもとに、装着されるお子様の協力が必要となります。

 

治療の実際

軟口蓋挙上装置で軟口蓋を持ち上げ鼻咽腔が閉鎖されると、呼気を力強く口から出すことが可能となり、構音訓練がし易くなります。そして恒常的に軟口蓋を持ち上げながら構音していると、次第に装置なしでも筋肉を使って軟口蓋を持ち上げてくれるようになります。ただし低年齢の子供さんはなかなか装置をつけてくれないことも多く、様子を見ながら気長に治療することになります。治療がうまく進んでいれば装着期間は数ヶ月〜1年程度です。

スピーチエイドを使う治療ではスピーチエイドを装着してまず構音訓練をしていただきます。ただスピーチエイドを装着しない場合は鼻咽腔閉鎖不全は物理的に解消しないため後日咽頭弁などの手術が必要となります。咽頭弁手術前提の場合でもスピーチエイドを装着した治療を行うことで咽頭側壁の動きを活性化させ、咽頭弁の幅を狭くできるという効果が期待出来ます。

 

 

【鼻咽腔閉鎖不全があり構音不明瞭な症例 アー発声時の軟口蓋の動き】
スピーチエイド装着後 スピーチエイド装着後 スピーチエイド装着後

 

【左】 治療前 軟口蓋動きが少し弱くプラスして少し深咽頭な症例。軟口蓋と咽頭後壁の間に隙間が空いている。
【真ん中】 2年後 軟口蓋挙上装置を装着して構音訓練した結果鼻咽腔閉鎖が獲得出来ている。この時点で正常構音を獲得することができた。
【右】 さらに3年後 咽頭後壁のアデノイドが小さくなった結果、軟口蓋の動きは良いが少し鼻咽腔閉鎖不全が生じている。
 
いったん正常構音を獲得すると、わずかに空気が漏れた状態ぐらいなら日常生活であまり困ることはありません。アナウンサー、学校の先生などしゃべることを仕事にすることを望むような場合は追加手術を考慮することもありますが、ほとんどの場合この程度であれば手術不要となります。
 
咽頭後壁の出っ張り部分(アデノイド)は4歳過ぎぐらいが一番大きくなります。その部分が張り出している間は鼻咽腔閉鎖を獲得しやすく、構音訓練にも好都合な時期です。そのため我々は軟口蓋の動きが悪く、その結果正常構音が獲得出来ていない子供さんは4歳ぐらいから積極的に装置を作っています。(ただ適正な軟口蓋挙上装置・スピーチエイドを作っている施設は日本で限られています。)
 
もちろん鼻咽腔閉鎖不全はすべて装置だけで治るわけではありません。手術の治療はまたの機会に。


広島市民病院歯科口腔外科 澤木康一