はじめに
口蓋裂で生まれてきた娘(2002年生まれ)も、もうすぐ小学1年生になります。これまでいろいろなことがありましたが、この6年間本当に、母として助産師として多くのことを学ばせてもらいました。そこで、同じような子を持つ方々の一助になればという思いから、この6年間の体験を少しばかりまとめてみました。
誕生
娘は我が家の第3子として生まれてきました。少し小さいけれど、元気に生まれてきたので一安心していました。分娩室で過ごしている時、はじめに気づいたのは夫でした。「赤ちゃんの口の中ってこんなだっけ?」えっ?と思って見たら、口蓋裂!少しびっくりしたものの、「まあ、手術したら治るから・・・・・」と、とても安易に考えていました。でも、さっそく最初のハードルがやってきました。上手く乳を飲むことができなかったのです。
授乳
娘は標準的な新生児より身体が小さく力がないこともあって、本当に乳を飲めず、母の方が涙を流す毎日でした。しかし、上の子達も母乳だけで育てたので、ぜひこの子も母乳で育ててやりたいと思いました。初めのうちは、お乳を口の中に入れて慣れさせるだけで、実際には搾乳を哺乳びんで飲ませるという感じでした。1回の授乳(50〜70cc)に1時間近くかかってしまい、子どももぐったりでした。そんな感じだったのでお腹もすぐにすくことがなく、3時間ごとの授乳を繰り返すのがやっとでした。2ヶ月後、お互いにコツがつかめてきました。子どもの「ごっくん」に合わせて母乳を口の中にしぼる方法で、100〜140ccほど母乳で飲めるようになりました。飲みながら鼻から乳が出るのは当然で、そのために授乳時に鼻が「ズルズル」と音を立てていました。娘にはピジョンのP型乳首を使用しました。哺乳びんで飲むのも口の中が引圧状態にならないため、乳首を噛んで飲む状態でした。多少、口蓋のある方(右か左、娘の場合は右)へ、乳首の先をずらし気味にすると上手く飲ませることができました。
娘は口蓋裂だけでしたが、口唇・口蓋裂の赤ちゃんについても今までに授乳指導をしてきましたので、その中で気づいたことをまとめてみます。
口唇裂のみ |
ほとんど問題なく上手く飲める場合が多いです。 |
口蓋裂のみ |
娘もそうでしたが、母乳はコツをつかむまで飲ませるのは難しいです。哺乳びんの乳首は口唇・口蓋裂用の方がよいと思います。口蓋裂の範囲が小さければ普通の乳首でも飲む場合があります。 |
口唇・口蓋裂 |
口蓋床を使用するので、母乳を飲ませるのはかなり難しいです。口唇裂の手術後に頑張れば、授乳も可能かもしれません。哺乳びんの乳首は口唇・口蓋裂用でないとほとんどの場合飲めないです。 |
個人差のあることなので実際には出産された病院で相談しながら、乳首選び・授乳をしていって下さい。
聴力検査
出生時に新生児聴力検査(ABR)を行っていますが、娘はその検査で不合格となり、精密検査を受けることになりました。その時は“まさか耳まで聞こえないなんて”とショックで、娘に起こった出来事を自分のせいだと落ち込み、泣きくれる毎日でした。しかし口蓋裂の場合よくあることで、聴力障害の原因は滲出性中耳炎で中耳に水がたまっている為だということが分かりました。その時、滲出性中耳炎についてのパンフレットを病院からもらい、その中に母乳の方が中耳炎のためにはよいということが書いてあったので、私も母乳で頑張ってみようと決意したことを覚えています。ということで、毎日2〜3時間の睡眠で、仕事をしながらの母乳生活になりました。幸いにも今はすっかり中耳炎もよくなり、聴力にも問題はありません(風邪をひくと中耳炎になりやすいのですが・・・・・)。
離乳食
離乳食のスタートは普通の赤ちゃんと同じ要領で大丈夫だと思います。スプーンを使って食べさせる時、やはり口蓋のある方(右か左、娘の場合は右)へ食べ物を入れてやると歯ぐきで噛みやすいようです。鼻から食べ物がそのまま出てくることが多いので、鼻を拭けるガーゼの準備が大切です。食事はゆっくりとすすめてやる方がよいと思います。娘は口蓋床を使っていなかったので、塊のある食べ物はうまく飲み込めず、むせることが多かったようです。それと、一口の量は少なめにした方がよいと思います。一度にたくさんの食べ物を口の中に入れると、上手く飲み込めなかったようです。食事の最後はお茶を飲ませて食べ物を流し込み(お茶は食事の途中にも何度か飲ませます)、綿棒で鼻掃除をして終わりです。
いよいよ手術
1.手術までに
手術までに計画を立てて、受けることのできる予防接種は済ませておいた方がよいと思います。麻酔をかけるため、手術の直前には予防接種を受けることができなくなるので、注意してください。
指しゃぶりは、できればしない方が手術の時に楽だと思います。娘は指しゃぶりをしない子だったので、あまり苦労しませんでしたが、指しゃぶりをする場合、手術後に指を口の中に入れると大変なので、手かせ(母の手作りです)をします。
2.入院・手術
入院前には準備するものがいろいろありますが、 "あると便利なグッズ"をいくつか紹介します。まず、手術後はよだれの量がすごく多いので、大きめのよだれかけがあるといいです(タオルをクリップで留めたようなものでもよい)。その他、熱さまシート(手術後は熱が出ることもあります)、柔らかいおもちゃ、お気に入りの絵本などです。
いよいよ手術の時、祖父母は「かわいそうに・・・・・」と涙、涙でしたが、手術を頑張るのは子どもです。子どもを信じて、親は明るく笑顔でいてあげてください。親が不安がると、子どもはもっと不安になります。
3.手術後
手術後、病院ではすぐに食事が始まります(朝の手術で夕方には食事が出ました)。スープのようなものがしばらく出ます。食事が食べられるようになると、点滴もとれます。先生の許可が出たらストローの練習をします。ジュースの紙パックの腹を押しながらでしたが、はじめてストローで飲めた時には感動でした。
退院後、しばらくは柔らかい食べ物しかダメですが、やがて普通の子どもと同じように形のあるものを噛んで食べれるようになります。
2〜3歳
手術が無事終わると、次は発音の練習が待っています。普通2〜3歳というと、いろいろと話しはじめるころですが、娘は空気が鼻から漏れて言葉になりませんでした。それでも毎日娘の話を聞いていると、何を話しているのか分かるようになりました。実際、我が家も私と上の2人の子は、通訳ができるくらいに理解できるようになりました。また私が、娘の言うことを分かってもいないのに分かったかのように「ふーん」とか「そう」などと返事すると、娘は分かってもらえるまで何度も繰り返していました。ですから、話しをする時は、しっかり聴いてあげてください。やっぱり、自分の思いが伝わらないというのは、とてもつらいことですよね。
ここで、息を吐くための力をつける練習をいくつか紹介します。言語の先生に教えていただいたり、上の子が考えたりした息を吐く(吹く)練習です。
- ラッパのような音の出るおもちゃ
- ストローで水をぶくぶく泡立てる
- 風車
- ティッシュの吹き飛ばし
- 『あいうえお』の絵本でゆっくり、繰り返し練習
4歳
まわりの子どもたちは、すっかり話し上手になる時期です。保育園の友達は、娘と長い時間接しているということもあって、普通に会話していました。しかし、ある日上の子の子供会で、1年生くらいの子から「この子、何しゃべってるのかわからない。」と言われ、その日から人前で話しをするのをいやがりだしました。そこで、先生から勧められて"スピーチエイド"(右図)をつけることにしました。
"スピーチエイド"は矯正歯科で、作ってもらいます。特殊な技術が必要なので、専門の先生にお願いすることになります。娘がお世話になった先生は、「ここが痛いからいやだ」という娘のわがままを聴いてくださり、その度に何度も何度も作り直していただきました。やっと完成したスピーチエイドも、娘にとってはずっと口に入れておくのが痛くてつらいようでした。最初は30分ずつつけるところからはじめ、つぎに寝るときだけつけさせました。しかし、眠いのに痛いため、寝ながら泣く娘の体を一晩中さすって寝かせていました。1ヶ月くらいで痛くなくなったのか、ぐずらなくなり、1年間くらい使ってスピーチエイドを卒業しました。ちょうどこの時期、上の子たちの通っていたピアノ教室の先生に、歌と発声の練習もしていただき、少しずつはっきりと言葉が出るようになりました。
5〜6歳
多少鼻から空気が漏れるものの、誰が聞いてもわかるくらいまで上手にはなせるようになってきました。現在は、2週間から1ヶ月毎に、言語外来に通い、「さ・し・す・せ・そ」の練習を頑張っています。
おわりに
まだまだ、これからも娘と頑張っていかないといけないなぁ・・・・・と思いつつ、ここまで頑張ってこれたのも、多くの良い先生方とめぐり会えたからだと感謝しています。先生との信頼関係は、とても大事なことです。先生を信頼してこそ治療も上手くいくものだと思いますので、まずは両親ともに納得のいく病院を探されることをおすすめします。
それと、子どもと同じくらいお母さんもつらい思いをしています。私も夫や祖父母の温かい助けがあったからこそ、どんなにつらい時でも娘の前では、笑顔でいてやれたのだと思います。家族のみんなで頑張っていきましょう。人はつらい思いをした分だけ人に優しくなれる、ということを娘から教えてもらった気がします。今まで助けていただいた多くの方々に感謝します。 |