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広島口唇裂口蓋裂研究会

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顎矯正と歯列矯正

保険診療について

先ずはじめに、一般的には歯の矯正をおこなう場合にいわゆる健康保険は適応されません。しかし、口唇・口蓋裂に伴う不正咬合については国会において矯正治療の必要性が指摘され、政府は1982年から保険適応を開始しました。
2008年現在では、厚生労働大臣によって口唇・口蓋裂を含めた23の特定疾患に保険適応が認められ、地方社会保険事務局長に届け出た施設基準に適合している保険医療機関において行われています。これに加え、多少の条件はありますが大多数の人には18歳まで育成医療も適応されています。

 

顎の成長と咬合について

写真1 正常咬合
写真1 正常咬合

口唇裂や口唇・口蓋裂の子供さんは、それぞれ時期をみて形成術で修復されるわけですが、その後は安定期に入ります。その間の歯の発育は生後6ヶ月を過ぎた頃から下顎乳前歯が最初に生えはじめ、それ以後2歳半から3歳頃までに乳歯20本が生え揃って乳歯としての噛み合わせが完成します。

ここで先ず上下顎の正常な噛み合わせの概要について言えば、歯が萌出してくると上顎の歯が下顎の歯にかぶさる状態、つまりビンの口とふたの関係になっており、咬んだときに全部の歯が上下で正しく当たるのが基本です。(写真1)

 

なぜ不正咬合になる?

写真2 裂の位置
写真2 裂の位置

最近では口唇裂や口唇・口蓋裂の形成術の術式が大幅に改良されたことで、多くの場合、歯牙の萌出や噛み合わせに問題を残すことが大変少なくなりました。しかし、それでも顎骨の変形が元々大き過ぎる場合は手術ですべてを改善することは困難ですし、その後の顎骨の成長や、顎裂に伴う先天性の歯の異常などいろいろと改善すべき問題点が見えてきます。

特に、顎裂は中切歯(1番前の歯)と側切歯(2番目の歯)の間に生じます。(写真2)そのためこれらの部位を中心に問題が生じてきます。写真では2番目の歯が内側に生えています。

 

では、その具体的に問題点を考えてみましょう。

先ず第1は上顎骨自体の問題です。
口唇・口蓋裂の顎裂部は手術によって粘膜で閉じられていますが、その顎裂部に骨はないため成長と共に左右の顎骨が互いに寄ってきて、上顎全体の形がいびつになり上顎骨自体の前方への成長も遅れてくることがあります。この状態になると裂部を中心に上顎の歯が下顎の歯よりも内側に入ってきます。(写真3)これはいわゆる受け口(クロスバイト)と呼ばれていますが、その受け口の範囲も前歯数本から全体に及ぶものまで多様な形態をとります。(写真4.5)
写真3 前歯部の平坦化 写真4 前歯部受け口 写真5 広範囲の受け口
写真3 前歯部の平坦化 写真4 前歯部受け口 写真5 広範囲の受け口

 

写真6
写真6
また、上顎骨の前方部分の下にむかう成長が抑制されることがあり、その場合は奥歯は咬んでも上顎と下顎の前歯が噛めない「開咬」になってきます。(写真6)


 

写真7.8 受け口の正面と咬合面
写真7.8 受け口の正面と咬合面

これとは別に両側性口唇・口蓋裂の場合では、左右に骨欠損部があるため両側の顎骨が裂部にむかって寄って狭くなり側方クロバイトになりやすく、また、中間顎の左右幅が十分でない場合も多いことから、中切歯2本が正常に萌出しにくくなります。(写真7.8)
なお、口唇裂だけの場合には原則的にはこのような顎骨の異常は認められません。

 
 

第2は歯に問題がある場合です。顎骨に裂を伴っていると上顎骨全体の成長が抑制されることがあり、そこに普通の大きさの永久歯が本来の数だけ生えようとすれば当然ながら窮屈になります。その場合、上顎の永久前歯が萌出する頃から、顎と歯の大きさの不調和が目に付いてきます。特に、両側性口唇・口蓋裂ではその傾向が強く認められます。また、顎裂部に隣接している中切歯や側切歯が先天的に欠如(先欠歯)していたり、歯はあっても形態が小さい(矮小歯)ことがありますし、傾斜して内側に萌出することもしばしば生じます。(写真1)そのほか、中切歯の横に乳歯の余分の歯(過剰歯)が存在したり、小臼歯が先天的に欠如することもあります。また、歯胚の位置が元々悪いため埋もれたまま(埋伏歯)になることもあります。

写真9 重度の虫歯
写真9 重度の虫歯
このように歯が生えてくるといろいろと問題点が現れることが多くなりますので、第2大臼歯(前から7番目)まで生え、顎骨の成長が止まるまでは注意が必要となります。さらにこれらに加え、歯並びが悪いと虫歯や歯肉炎になる可能性も高くなってきますので、毎日の口腔清掃とフッ塗布素などの予防的努力は絶対に欠かせません。(写真9)
 
概略以上のような噛み合わせや歯並びの問題点がありますが、これらに対して矯正歯科ではどのように対処するか説明します。
 

治療開始時期と治療方法について

一概に年齢だけでは決められませんが、原則的には骨格にかなりの異常があれば早期に、歯牙だけの異常なら永久歯で問題点が明らかになってから対処するようにしています。
 
【症例1】 

写真7.8 受け口の正面と咬合面
写真10 拡大前 写真11 拡大後
前歯や側方クロスバイトを生じている場合は、基本的には永久前歯が生え始める頃に開始しています。その中で特に上顎の幅が狭くて側方の歯がクロスバイトになっているときは、先ず上顎を左右に拡大してそれを改善します。(写真10,11)
 

次に前歯がクロスバイトであれば前歯を前に出して改善し、上顎ができるだけ正常に成長できる環境(上の歯が下の歯に被さっている状態)を整えることを目指しています。(写真12,13)

写真7.8 受け口の正面と咬合面
写真12,13 受け口を改善後

しかし、顎骨の成長の遅れが大きいと歯を動かすだけでは改善できないことがあります。その場合は上顎骨の成長促進を目的として上顎歯列全体を前方に牽引したり、逆に下顎骨に対して成長を抑制するなど顎骨自体の成長のコントロールを目的とした力(顎矯正力)を加えることもあります。

 

次に、顎裂がある場合にはクロスバイトをなおしてもその間には骨がないため、そのままでは安定できません。そこでクロスバイトを改善した後、側切歯(先天的にない場合は次の犬歯)の萌出が間近になったところで、形成外科で腰の骨(腸骨)から骨髄を採取して裂部に移植手術を行い、左右の顎骨を一体化し安定させます。(写真14,15,16)

写真14 骨移植前 写真15 骨移植後 写真16 歯牙の萌出
写真14 骨移植前 写真15 骨移植後 写真16 歯牙の萌出

 
 
写真17 マルチブラケット法
写真17 マルチブラケット法

【症例2】
次に、顎骨に問題はなくクロスバイトもない場合は乳歯から永久歯への萌出交換を観察し、個々の歯牙の異常に対しては最小限度の矯正を行い歯列の完成を見守ります。その後、第2大臼歯が萌出した時点で再度検査診断し、永久歯の歯並びや咬み合わせに治療を要するほどの問題があれば、マルチブラケット法で改善することになりますが、その場合、一般的には少なくとも2年程度はかかります。(写真17)
 

写真18 保定
写真18 保定

次に、排列が終わったからと言っていきなり装置を全部外しますと、歯は粘膜等の歯を支えている組織の力で短期間に後戻りします。それを防ぐために目立たない簡単な装置で維持させる保定装置をつけ、以後数年かけて安定化を図ります。(写真18)
一般的に現代人は顎の大きさが退化傾向にあるため、顎と歯全部の大きさの調和が崩れ、歯並びや噛み合わせに問題のある人はたくさんいますが、口唇・口蓋裂を伴っている場合はその傾向がより強く認められます。
 


 

次に口唇口蓋裂の不正咬合に対する典型的症例の治療手順を示します。

  1. 検査・診断を行い、まず最終段階に至るまでの概略の治療方針をたてる
    (6歳頃)
  2. う蝕予防処置を行うと共に口腔清掃の生活習慣の確立
  3. 側方歯クロスバイトの改善を行う(顎の側方拡大)
  4. 前歯クロスバイトの改善(前歯の唇側移動)
  5. 拡大の維持と側方歯の交換の観察を行い、骨移植の時期を待つ
  6. 形成外科で顎裂部への腸骨海面骨移植術(8歳から11歳頃)
  7. 顎骨の成長と歯牙交換の観察や誘導
  8. 永久歯列完成期に再診(12歳以降)、必要ならマルチブラケット法による排列
  9. 保定 もし歯牙欠損部があれば補綴処置
  10. この間適宜再診し必要に応じて処置

以上のように、矯正治療は一般的に長期にわたることが多くなりますので、本人の根気は勿論ですがご家族の十分な支援が欠かせません。
なお、口唇裂のみの症例では、問題が顎骨にあることは少なく、大抵の場合は局所的(多くの場合唇裂のある側の前歯がねじれて萌出)であり、その場合はある程度萌出してから対処しています。
また、口蓋裂のみの場合は、外観には全く異常は認められませんが、顎の幅の成長が抑制される傾向にあり、その場合は拡大等が必要になります。

 

外科矯正について

口唇・口蓋裂でなくても上下顎の骨格に原因のある重度の不正咬合の人(極端な上顎前突や下顎前突、開咬、顔面のねじれ等の顎変形)はかなり存在します。一般的にはその場合、歯の矯正だけでは改善できません。通常は成長が完了するのを待って、歯の矯正と骨格の手術によって改善する方法を併せ行っています。これを外科矯正と称しています。
少数ですが口唇・口蓋裂の不正咬合のひとの中にも、この外科矯正の対象となるほどの骨格の異常が認められる症例があります。大抵は、上顎が前後的に短すぎることが原因で、その場合は形成外科で上顎骨を切り離して前方に移動させたり、上顎骨を前に延ばしたり(骨延長術)して改善することになります。また、逆に下顎が長すぎることもあり、その場合は下顎を切って短くする手術が必要となります(下顎骨切り術)。これら外科矯正のステップは一般的には以下のようになります。

写真17 マルチブラケット法
写真19 写真20
  1. 検査・診断
  2. 術前矯正(マルチブラケット法)(写真19)
  3. 形成外科による顎骨の手術
  4. 術後矯正(マルチブラケット法)(写真20)
  5. 保定

 

なお、これらの処置については顎成長が終了して行うのが基本ですが、育成医療の適応は18歳(実際には高校を卒業する3月)までとなっていますので、出来るだけそれに間に合わせたいと思います。
以上が口唇・口蓋裂の患者さんにおける矯正治療の概略で、相当長期間にわたることになります。

 
最後に本末が転倒してしまいましたが矯正治療の目的を述べます。
先ず第1は、可及的に調和がとれた顔貌を目指しています。次になおした歯で咀嚼、発音の機能が充分果たされ、審美的にも満足できることです。加えてそれらが長く維持安定されることを願っています。